いろいろなカーテンを集めました。
1988年
オリエント急行が品川駅より発着
彼女と湘南までの旅
●モデル・コース
VSOE(ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス)
E&O(イースタン&オリエンタル・エクスプレス)
RTM(ロード・トゥー・マンダレー)
■E&O(イースタン&オリエンタル・エクスプレス)
運行開始: 1993年9月
編 成: 寝台車14輌, プレジデンシャル・スィート(ツイン仕様)2室, ステイトキャビン(ツイン仕様)28室, プルマンキャビン(上下寝台)36室
合計66室 最大132名様収容
食堂車3輌, サイアム28席, マラヤ28席, サロン・カー16席, バー・カー31席, オブザベーション・カー(展望車)23席, ブティック(サロン・カーに付属), ライブラリー14席(サロン・カーに付属)
1883年10月4日、パリとコンスタンチノープルを鉄道で結ぶという前代未聞の列車が40名の著名人を乗せ、パリのストラスブルグ駅(現在の東駅)からルーマニア経由(途中フェリーを一部利用していた)でコンスタンチノープルへ出発しました。これがオリエント急行1番列車でした。(1889年にパリ~コンスタンチノープル間全線開通し、67時間でこの2都市が結ばれる)ベルギー人、ジョルジュ、ナヘルマッカーズのこの夢のような計画であったオリエント急行は、豪華なタペストリー、ビロードのカーテン、美しいガラス食器、そして一流のシェフによって作られる食事など、豪華な設備とサービスがヨーロッパの社交界の話題を独占し、数多くの人々に愛されました。
アメリカ在学中、ジョルジュ・ナヘルマッカーズに大きな影響を与えたといわれるプルマン将軍が設立したプルマン・カー社が1873年に英国のミッドランド鉄道会社と提携し、ヨーロッパへ進出を始めました。
1882年6月2日にブリティッシュ・プルマン・パレス・カー社が設立され、英国内に、この優雅なプルマン車の運行網が広がっていきました。
1889年にはロンドン~パリ間の運行が開始され、ロンドン~ドーヴァー間はプルマン車により運行され、英仏海峡を渡った後、カレー~パリ間はワゴン・リー車にて結ばれ、この列車がパリ発のオリエント急行に連結されコンスタンチノープルへ向かうようになりました。
1913年になると、ロンドン~パリ間は1日5往復になり、しかも、所要時間も6時間半に短縮されました。1926年にはカレー~パリ間に、フレッシュ・ドール号が登場し、プルマン車と連絡運行され、英国では1929年からゴールデン・アロー号として運行されました。1906年に当時世界最長のシンプロン・トンネル(全長20km)が開通し、パリ~ベニス間の距離がかなり縮まりました。そして1919年、オリエント急行は“シンプロン・オリエント急行”と名付けられ、イスタンブールへとそのルートを延ばしました。
第一次世界大戦後はアールベルグ・オリエント急行がカレー、パリからバーゼル、チューリッヒ、ウィーンまで走りました。また、1884年はアールベルグ・トンネル(全長10km)がスイスのランゲン~ザンクト・アントン間に開通し、英国人がチロル地方に押し寄せるようになりました。
ヨーロッパ鉄道網は、第二次世界大戦によって大きな損害を受けると同時に、ワゴン・リー車も多くの車両を失いました。1952年に2等寝台を中心に20数輌を投入し再運行されたシンプロン・オリエント急行は、セミ・デラックス列車として1962年5月26日まで運行を続けますが、この日をもってトルコ人移民労働者や学生等が多く利用する食堂車もない普通の列車になってしまいました。
しかしながら、1977年5月にはいよいよ全面的にオリエント急行が打ち切られる事になりました。この日は久しぶりにジャーナリストやオリエント急行を懐かしむ人々で満席になり、プラットフォームにも人々はあふれ、それぞれかつてのような豪華な旅がなくなるのを惜しみました。
1977年10月、オリエント・エクスプレス・ホテルズ社会長ジェームズ・B・シャーウッドがモンテカルロのオークションで売り出された2車輌のワゴン・リー車を買い集め、そしてこれらの車輌は5年の歳月と約30億円をかけて復元、改造されました。
私は毎日欠かさず日焼け止めを塗って、遮光カーテンにして、日傘をさすこともあり、日焼け止め臭くて気持ち悪い、朝時間がかかってウザいと喧嘩の勢いで彼氏に言われました。まるで日焼けを気にする私が異常に化粧コテコテな女かのような扱いです。腹がたったので、今時の女はそれくらい常識よ。よっぽど女捨ててる人くらいしか日焼け止め塗らないなんてことはない。日焼け止め塗ってない女と付き合えば?まあ25歳からシミができて汚らしいオバサンになるだろうけど。私は自分のためにしてるの。シミできて取るのにお金かかるのは自分だから。と言いました。実際、どのくらいの人が塗ってるんでしょうか?毎日全身に塗る私はマイノリティですか?日差しによりSPFは使い分けてますから常にコテコテではありません。
猫に嫌われてる?ダチの猫(1歳オス)預かって4日目、こんなことする。1、爪とぎあるのに絨毯でゴリゴリ。2、指定のドライフード与えてるのに、トイレ後のような仕草(前足でカキカキ)で食べない事がある。3、指定のトイレ、掃除もちゃんとしてるのに、オイラが留守中そそうをする。カーテン、絨毯がやたらションベン臭いので、そこでしてるはず。ダチは入院中なんでおりこうにしてるとしか言ってない。早く退院してくれ~~~。
多肉植物の葉がポロポロとれて腐ってしまいました。1か月前にエイグリーワン・リラシナ・プロリフェラ、黄麗を購入し、どれも画像(上)のようにプリプリして元気な様子だったのですが、1週間ほど前に別の鉢に植え替えをしようと様子を見たところ、軽く触れただけで葉がポロポロと落ち、黄麗以外の3つの葉がほとんどなくなってしまいました。①エイグリーワンは全滅で、茎も柔らかくなっていたため泣く泣く捨てました。②リラシナはかろうじて上のほうの新しい葉は無事のようだったので鉢から出して、根っこを乾燥中です。(画像中) →根が腐っているのだとしたら、新しい土に植え替える際に根を切ってしまった方が良いのでしょうか?③プロリフェラは元気なランナーを切り離して切り口を乾燥中です。(画像下) →5日ほど乾燥させてから乾いた土に挿すと聞いたのでそろそろ植えようと思います。切り口がぎゅっとしぼんで黒くなっているのですがそのまま新しい土に挿しても大丈夫でしょうか?あんなに元気だったのにかわいそうで仕方がありません。原因は何が考えられますか?購入して1か月、水は霧吹きで一度あげただけです。室内のカーテン越しに置いていました。日中も涼しい場所です。落ちた葉は、黄色くぶよぶよになったものからまだ青々しく元気な葉もあり、生えたばかりの小さい葉まで落ちてしまいました。落ちた葉を葉挿ししているのですが、元気だったものも2~3日で腐ってぶよぶよになるか乾いてカラカラになるかどちらかで全く上手くいきません・・。色々調べてみて、日光不足が一番の要因かなと思うのですが、この猛暑にベランダに出すのは酷だろうと思い、なす術がありません。お詳しい方、アドバイスをお願いいたします。