いろいろなカーテンを集めました。
6月12日(木)
マダムにお礼を言って宿を出る。もう折鶴が飾ってあって嬉しかった。
昨日たどって来たコースを逆に写真を撮りながら行く。昨日は写真を撮る余裕がなかったが、イタリアに入ったばかりというせいか、周りの建物が素晴らしく(傾いたり、壁が剥げたりが好き)見えたが、もう慣れてしまったのか昨日ほどの感激は無い。
昨日通ったばかりだが迷いそうになる。日差しが強く頭がクラクラする。それでもなんとか迷わずサンタ・ルチア駅に着いた。ちょうど13時。
構内のベンチに座りキップ購入カードを作成してから窓口に並ぶ。窓口は7つほどあったが開いているのは4つ。
中年の婦人が一番右の窓口をコツコツと叩いた。カーテンが開いて駅員が顔を出した。何か話をして婦人はすぐそばの開いている窓口に寄り、前の客が離れると平然とキップを買っていた。「これがイタリア式コネか」と思った。自分を主張するはずのイタリア人なのに誰も文句を言わない。「自分もする事があるから文句も言わないのか」と勘ぐってしまった。
15分程並んでキップを買った。パドヴァまで2.9ユーロ、現金払い。キップを持ってホームに出てハタと気付いた。
何行きの列車に乗ればいいのか?。
トレンイタリアのホームページで時間や料金を調べたのであるが、「何行き」は案内されてなかったし、必要とも思っていなかった。全く迂闊であった。
そしてその事に頭がいっぱいで大切なことを忘れていたのであった。忘れたというより知ってはいたが「刻印」は今までの国、都市では市内交通のみで、鉄道では無かったのである。
停まっていた列車はふたつでひとつはICで(行き先は忘れた)、もうひとつは普通のボローニャ行きであった。駅員に訊くとボローニャ行きでよいと言ったので(他にも何か言っていたが理解できず、多分刻印の事を言ってのかも)それに乗り込む。中には老夫婦のみいたのでキップを見せて、「パドヴァ、OK?」と訊くと「ノ、ノ」と言うので、急きたてられるように降りた。後で考えるとあの老夫婦も「刻印」の事を行ってたのかも知れない。
先程の駅員がまだいたのでカタコトの英語と手振りで「乗客にパドヴァ行きではない」と言われたというと「こちらのICでも行ける、追加10ユーロ」という。迷ったが10ユーロが惜しくてやめ、また、ボローニャ行きに乗る。10ユーロ払いICに乗ったら罰金が免れたかもしれないが、いずれにせよ全く刻印の事が頭に無いから次にやっていただろう。
ボローニャ行きに乗ったら迷いは消えた。しかし今度はドアの空け方が心配になった。前のボックスにいた丸々とした娘さんに「教えて」というと、「あなたが降りるとき付いていって教えます」と言ってくれ安心した。
この列車は2等で普通であるがシート間は凄く広い。計ると53センチもあった。はじめ娘さんと二人だけであったがいつの間にか7,8割埋まっていた。
列車は何の合図も無く動き出した。スピードを上げ小さな駅を通過していく。これは普通ではないのかという疑問が湧いてきた。メストレに初めて停車しすぐ発車した。もうそろそろと小リュックを担ぎ大リュックを足元に置く。すると車掌が後ろから来て検札。私も堂々とキップを差し出した。すると温厚な顔をした車掌が険しい顔をして何か言い出した。ポカンとしてわからぬままに訊いていると、キップの一部を指差しさらにきつい物言いでしゃべる。何を怒っているのかキョトンとしていたが、トレンイタリアでは罰金を取られる事があると思い出した。車掌は「ヒフティーユーロ」と言っている。50ユーロとびっくりしたが罰金は確かそれぐらいだ。しまったと思うと同時に払う覚悟はした。
サイフを取り出すとちょうど5ユーロ札が3枚上にあった。ひょっとして普通キップで優等列車に乗ってしまったという気持ちもあって、追加料金としてと15ユーロを差し出すと車掌さんはさらに怒った。やはり罰金かと「パルドン」と言いつつ20ユーロ札を三枚出すと、キップに書き込みをし黄色い紙に何か記入して10ユーロと一緒に返してくれた。その間あんなに騒がしかった周りの客はシーンとして成り行きを見守っていたようで、私もようやく凄く恥ずかしい気持ちになった。
パドヴァで降りる客がデッキに移動しはじめたのでついていく。あの娘さんに目でありがとうをいう。ドアの開け方をあれほど心配したが、降りる客がいっぱいで心配したのが馬鹿みたいだ。
デッキにはポスターが張ってあり、下のほうに大きく40ユーロと印刷してあるのが消されて、50ユーロと赤い字で訂正されていた。デッキに立っているとあの車掌がやってきて何か云って肩を叩いて行ってしまった。多分「悪い事をしたが仕事だから仕方が無いんだ、元気を出して旅を続けてくれ」と云ったんだと思った。
しかし、この時点でまだ「刻印」の事には思い至らず、優等列車に普通キップで乗ったのが咎められたと思っていた。
パドヴァは想像とは違って近代的で大きな街だった。駅の前から最新型の低床のトラムが走っていく。案内所があったのでホテルの紹介を頼む。50ユーロで駅の近くとリクエストするとパンフレットに印を付け、駅の西に出て橋を北に渡れと教えてくれた。
もらった地図を頼りに駅の西に出て鉄道をまたぐ跨線橋を渡る。先の方に教えてもらったホテルが見えてきた。しかし廻りは何か場末と言うかまさに駅裏と言う感じで躊躇ってしまう。やはり旧市街にしようと駅に引き返す。まず水を買い(2ユーロ)トイレ(0.6ユーロ)。ここのトイレはコイン投入式で地下鉄のようにバーを押して入るやつ。
トイレからベンチをさがしてもどる時、刻印機で刻印している人を見かけて、やっと刻印しなかった事が罰金の対象になったのだと納得。
ベンチに座りパンフレットの他のホテルを探してみると、駅から直線で1キロくらいのところに一つ星があった。旧市街にも近そうなのでそこに決めて駅を後にする。
運の悪い事に雨が強く降ってきた。リュックから傘を出し差していく。早速、アフリカ系の男性たちが折り畳み傘を売りつけてくる。傘を差しているのにね。駅の前からトラムの走っている広い道を南に歩いていく。7,8分行くと川があってその先は二手に分かれていた。右手の道を行く。左の道の向こうは公園で小さな建物が見えた。ひょっとしてスクロヴェーニ礼拝堂かな。
道はすぐ近代的な建物のポルティコになって雨をしのげた。もらったホテル案内兼用地図は縮尺が無いので、「地球の歩き方」からバラしてきた地図で距離を測ったのだが、思ったよりも時間がかかる。Via S. Ferno と言う通りで右に廻る。しばらく行くと先程駅の西で出た跨線橋と繋がる道に出た。城門のようなアーチがあった。これは目印になるな。そこを再び南に折れてポルティコの下を少し行くと右手に砂利道が見えてきた。ここら辺りだろうと曲がると狭い道がさらに狭くなっている。地図では一本目の道(三叉路)を右に曲がったところにホテルはあるはず。恐る恐る曲がるとホテルらしきものは無い。体の力が抜けていくような感じがしてくる。左にある筈と見ていくと2軒目に小さく「ALBERGO DANTE」という表示があった。ほっとしてドアを開けようとしたが閉まっている。再び力が抜けていく。よく見るとボタンがある。押してみると遠くでベルの音がして、カチャと音がしたので開けてみると開いた。中は長く狭くて暗い廊下。奥に進んでいくとレセプションがあって、待っていると上からビシッとした身なりの老女が携帯で話しながら下りて来た。そういえばヴェネツィアの宿のマダムも携帯しながらやってきたな。
「2泊したい」というと「1泊40ユーロで80ユーロ」というのでOKする。意外と安いと思い少しは罰金分が取り戻せれたと思った。カードで支払うがパスポートを預かると言われ渡した。老女に案内され二階に上がる。上がって曲がったところが洗面所(シャワー)とトイレ。「共用か、仕方ないな」と思う。そこから一部屋置いて突き当りが今晩からの部屋。
部屋はまあまあの広さ。家具調度はクラシックでまあ合格。机にノートなど広げ明日のラヴェンナ往復のキップを買いに行く用意をする。するとノートに書いてある日にちと一日ずれている。会話用手帳に書き込んだパリ東駅で立て直した計画を見てガックリ。パドヴァで泊まる一日をヴェネツィアで泊まったのに、それをすっかり忘れてまた二日泊まることにしてしまったのだ。
そうなるとミラノでは一泊しか出来なくなる。しかもヴェローナへ寄ってから行くのでミラノ着は午後になる。一日伸ばしたくても15日はすでにフィレンツェの宿の予約をしてある。
大失敗を二つもやってしまった。急に何もかも嫌になってきた。そしてトレンイタリアが怖くなってきた。また、罰金を取られたらどうしよう。明日、ラヴェンナをうまく往復できるかしらん。事前調査のノートにはラヴェンナへはパドヴァからではなくヴェネツィアからのしか書いてなかった。嗚呼!!。
落ち込んでいたら、ドアのノックがしたので開けると老女がいてパスポートを返してくれた。
とりあえず気力を振り絞って駅に行き、時刻を調べてから駅前のマックで夕ごはんといこう。
5時57分に宿を出て6時20分に駅に着く。少し写真を撮りながら来たにしても時間が掛かっている。自宅から電車の駅まで1.5キロあるが15分内で歩くから、それからいくと2キロはあるんではないか?。地図ではせいぜい1キロにしか見えないのに。
駅で時刻表をさがす。刻印機がたくさんあるホームへのメインの通路に張ってあった。表ではなくて列車ナンバーと種類、行き先、途中停車駅名と時間が羅列してあるもの。はじめ表で無いので見にくいなと思ったが、慣れたきたら見やすくていいなと思うようになってきた。ラヴェンナ行きの時間をメモしてからマックで夕食(5.5ユーロ、カード払い)。ここはレジでトイレというとメダルをくれ、それを入口の箱に投入するとドアが開き使用できるというシステムだった。
マックを出ると西に大きなレンガつくりの古い教会がポツンとひとつ立っている。そばで見たくなり歩いていく。駅前を横切り行くと広いロータリーのようなところの向こうにあった。写真を撮りまたいい加減に方向を決めて歩き出す。しばらく行くと川に出た。川にそって西にはスクロヴェーニ礼拝堂のある公園。
また雨が降り出し傘をさす。橋を渡る。橋の中程で背の低い赤いシャツを着た若者が傘を覗き込むようにして何か言った。「?」といった顔をすると指で傘の骨の先を指し、それがおれのこの辺りに当たったと右肩を指す。いっしゅんまずい!イチャモンをつけられると思ったが、迷わず「パルドン」という言葉が口に出来た。すると若者は「判ればいいんだ」というふうにうなずき、「チャオ」といって手を振って行ってしまった。
橋を渡りきると道が二つに分かれ左の道には「サンタントニオ」の表示があった。宿から離れていくが行ってみようと思い並木のある広い通りに歩みを進める。通りの右側を歩いているが長い塀が続いていて、歩道も狭く8時過ぎで明るいのに人通りもなくさびしくなる。そのうちに表示も無くなりどこにいるかもわからなくなってきた。本当にこの旅ではよく迷うな。それでも行くと複雑な交差点に出た。右には教会があり道路が二本交差している。特徴ある場所に見え地図で確認してみると「サンタ・ソフィア教会」というところで、「サンタントニオ」までは今まで歩いたよりまだ多く歩かなくてはいけない。もう遅いし帰ろうと決める。教会前の通り「Via Altinete 」をたどれば宿に近い事がわかった。通りに入るとすぐ「インターネット・カフェ」があった。この旅はじめての事だ。パリをでてからずっとやってないので、渡りに船とばかりに入る。料金は20分で1ユーロ。店主に日本語の設定をしてもらいやり出す。まずトレンイタリアにアクセスし時刻と料金を調べた。ヴェネツィアを出てから良い事が無かったが、少しは良かったね。メールチェックをして息子にメールを打つ。ちょっぴりホームシックになるな。中日は連敗して阪神との差が8.5ゲームにもなっている。
2ユーロ支払い出る。出るとき「サンタントニオ」への行き方を訊いてみるが、まだ20分もあると聞いてガックリ。
ひたすら地図を頼りに宿を目指す。もう帰れないかもと言う不安でいっぱいになる。明るいが人通りは少ない。車も殆ど見かけず、まるで廃墟の街を歩いているようだ。地図のうえではここらは旧市街の中心地に近く、有名な「カフェ・ペドロッキ」もそばにあるというのに、なんという静かさ、人通りの無さ。ようやく城門のある通りに出てほっとした。
部屋にもどりシャワー室が空いていたのでシャワーを浴びて洗濯する。連泊なのでいっぱい洗った。
ベッドに入り常夜灯が無いので真っ暗にして眠る。するとベッドの頭の壁辺りからスイッチが入るようなバチッという音が断続的にする。結構大きい音だ。起きている時はまったく聞こえなかったのに何だろう。ほかにもコツコツと何か当たるような音がして気味が悪い。一番小さなライトをつけてようやく眠る。
官房長官が記者会見する部屋の周りには水色のカーテンがひかれていますが、官房長官の記者会見する部屋は決まっているのでしょうか?http://www.youtube.com/watch?v=Trbr60vSw44
部屋のインテリアや色使いについて質問です。部屋を模様替えしようと思っています。落ち着くけど楽しい部屋にしたいです。天井は白で、一部分がなぜかコンクリートむき出し壁も白で一面だけ木板のような感じ(この木板部分にポスターやウォールポケットを飾ろうと思っています。)床はフローリングカラーボックス、ロッカー、鏡、机、ベッドのパイプ部分は白です今からカーテンとベッドカバー、予算が余れば小さいカーペットを買う予定です。上記の物は何色がいいと思いますか?私の国語力が足りないため、想像しにくいと思いますが、少しでも皆さんの知恵を貸してくれるとうれしいです^^ちなみに、唯一色のある物は赤のラジカセ?とプーさんのぬいぐるみです。黄緑のベッドカバー(未開封)もありますが、姉に譲ろうか検討中です…
カーテンとラグの色で悩んでいます。近々引越で実家を出るので家具家電を色々と買い揃えています。壁→白床→茶色食器棚→白冷蔵庫→白テーブル→白ソファ→茶色↑これらには、カーテンとラグはやはり色を揃えて白・茶色がいいでしょうか?また、どちらかに濃紺か濃い青を入れるのは合わないでしょうか?